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2022年1月17日 (月)

『談志の日記1953 17歳の青春』はファン必読の1冊でした。

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年末の週刊文春で、高田文夫先生が面白いと書いていた本

『談志の日記1953 17歳の青春』

この週末に読了しました。

 

談志ファンにはとても面白い本です。

逆に、ファンでないとあまり面白くないだろうなあ。

 

立川談志が先代柳家小さんに入門した翌年、

柳屋小よしという前座時代の日記です。

 

17歳の1年間の日記がそのまま活字になっているので、

小説のような起承転結があるわけではないし、

何に対して怒っているのか感動しているのか、わからないところも多数。

 

それでも、へええ! と思うところはいろいろありまして、

・前座のわりに意外に自分の時間があるみたい。

・映画をよく見に行っている。

・女の子のことがやたら気になっている。

・そして何度か、振られている(文脈から考えて)。

・誰にどんな噺を習っているかわかる。

・自分の才能に対する強烈な自信と、少しの不安。

といったことが読み取れて、ファンとしてはとても面白い。

 

談志師匠が筆まめというのは聞いたことがありますが、

日記を若い頃から毎日つけてたんですねえ。

(1日だけ書いていない日があってそれも不思議)

(よほど忙しかったのかなあ)

 

毎日つけてるのも凄いですが、最晩年までその日記を持っていて、

「いずれ本になるだろう」と編集者に託した、というのがもっと凄い。

 

「文楽はいやな奴だ。(中略)早く死んじまった方が良い。」

「どいつも皆んなしんじまへ。」

「(上野鈴本の)馬鹿旦那がいた。いやな野郎だ。」

「芸術はセコな奴ばかりだ。」

といった記述は、のちの談志の片鱗を感じます。

 

そういえば、浅草はかなり嫌いで、

新宿がとても好きだったようです。

その辺のことが、のちの田辺茂一氏(紀伊国屋書店創業者)との

交流につながるのかしら。

 

あ、そうそう。

編集者視点でいいますと、

本文に出てくる芸人さんほぼ全て脚注をつけてるのが、

大変な作業だったろうなあと思います。

 

落語家は高座名が途中で変わることがあるので、

1953年当時のこの名前は何代目だっけ、

と確定する苦労があったのでは、と思います。

ウィキペディアにも載ってないような、無名の芸人さんもいるだろうし。

 

ともあれ、とても興味深い1冊でした。

 

 

 

 

 

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